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リバアシ(岩手県大船渡市)

岩手県大船渡市から地域情報や地方の話題への感想を伝えるブログです。なお、当ブログの記載内容は当ブログ管理者個人の見解になります。

「教えるということの在るべき姿」:記事感想

管理者ブログ 記事時事感想

 

newspicks.com

 

ジャパネットたかた高田明「勉強の本質的な意味を伝えれば、子どもの可能性は広がる」』

内容

 カドカワが開校を予定しているインターネットを利用した通信制高等学校「N高等学校」を受けた、各界のイノベーターらによる「教育論」インタビューの第一回。

項目

・勉強をする意義を伝えることが大切

・一生懸命やれば、どんな仕事も面白くなる

・一生懸命取り組めばプラスアルファが生まれる

雑感

 良い点を取るための勉強に価値がなく、その勉強がどのような意義を持つかを知ることが大切であるというのは納得です。

 勉強に限らず、誰かから強いられただけのことにより身に付くのは概ね嫌悪感であって、達成感などではなく、必然的にそれを避ける傾向が生じるでしょう。

 また、勉強の大半は直接社会で役立つものではなく、その考え方や向き合い方など本質的なところが重要であり、正しい答えを多く出すことを至上主義とする在り方には疑問を覚えるばかりです。

 現実問題、そういったことは徐々に機械に置き換えられ、人に求められる能力はより曖昧模糊とした創造の類いに移り変わりつつある状況を鑑みれば、ただ点を取ることだけを目的とする在り方は価値を失いつつあると言えます。

 さておき、このインタビューの最後の方は、一見ダジャレと取れる終わり方になっているわけですが、地方創生の類いに関して重要な示唆に富んだ発言に感じます。

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後記

 天網恢恢疎にして漏らさず。

 単純な話、悪いことをした者には必ず天罰が下るという意味の言葉であり、恐らく多くの人にとって意見の分かれる言葉ではないかと感じる類いのものです。

 そもそも、悪いことというのが実に曖昧です。

 法治主義が敷かれている国のお膝元であるならば、その法に触れる行いが悪とされるのかもしれませんが、その法というものには実のところ曖昧な点が少なく、たとえば慣習法という概念がその一例と言えそうです。慣習法――多くの行いに対する適法、違法はその法文によって定められているわけですが、その中にあって、土地の慣習といった通説のようなものに従うといったものが未だに存在しているのです。

 また、そういった例を出さずとも、そもそもその行為が法に触れるかどうかは、国によって考え方が異なるというものが少なくない現状があることを思えば、仮に法に触れる行いを全て悪とするとした場合、それはどうしたところで個々の在る場所、在り様によって異なってくると言わざるを得ず、確固たる判断基準があるとは言えません。

 とするのであれば、現在日本国内の各地で流行している擬人化を用いて悪というものが表現されるならば、それは実にはっきりしない性格の人物になるのかもしれません。

 しかし、不思議なもので、そういった曖昧であることだけは確かな悪という概念ですが、多くの人にとっては、それが何らかの基準で確定されたものとして扱われているわけですから世の中は複雑であり、中々どうして上手くありません。

日常生活において善悪とは、特に法治国家のお膝元においては、先述したように概ね適法かどうかで判断されるはずなのですが、それが多く個々人の価値観によって運用され、法ではなく、個々人の好き嫌いや主義主張であれは善だ、これは悪だなどと指摘され、私的に断罪されることが少なくないわけです。

 客観的に見れば多くの人にとって悪であるはずなのに、集団の中で権力という笠を着た人物一人が悪とする行為が悪となることは珍しいことではありませんし、逆に、より多くの人が悪だと賛同した行為が悪となることも日常的に起こっています。

 労働問題やいじめなどが顕著な例と言えるでしょう。中でも、労働問題は前者、いじめは両者によって、悲しい思いをし、その結果死に至る者が現れる始末です。そして、その死を以て、それまで善と思いこまれていたものあるいは善とされていたものが悪と断罪される。悪とされていたことが、その悪というはりぼてを剥される――哀しいかな、そういったことがありふれてしまっています。

 こういったことを無くせるかと言えば、それについては不可能ないし厳しいと考えざるを得ないことは明白です。それは、これまでの歴史が物語り、無くせるという言葉が物悲しい騙りであることを証明しています。だからといって議論しなくて良いのか、声を上げることは間違いなのかといえば、当然ながらそういうことはありません。

 抜本的な改善策はないにしても、何が悪であり、悪となりえるか、それを知っておくことで、曖昧模糊とした悪を確定せしめることができずとも、最悪の結果として考えられ得る事象を防ぐ手立てになることは確かだからです。

 勉強というと多くの人が嫌な顔をし、遠ざけてしまいがちですが、こういった曖昧さによって巻き込まれ得る哀しい事象を防ぐ唯一確かな方法が勉強とも言えるのです。もし確定した悪というものがあるのだとすれば、それは皮肉にも学ぶことを止め、身を守る術を知らずにいることなのかもしれません。

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ブログ管理者:鈴木 昭真(スズキ ショウマ)

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